須弥山の麓で

35歳ゲイです!彼氏持ち。 日々の日常、思うことをダラダラ綴ってます。

散髪したよ

人混みが苦手な僕にとって、連休にどこかへ行くなんてそんな酷なことはなく、だいたい家で引きこもっている。

 
今回のゴールデンウィークも引きこもっていたのだが、ずっと家の中にいるのもなんだかなぁと思い、放置気味になっていた髪の毛を切ることにした。
 
行きつけの美容院だが、8割の確率で変な感じに仕上がる。8割といえばなかなかの確率だが、値段が周囲の美容院に比べて半額以下という理由だけで五年間通っている。
おそらく変になる原因は僕にもある。もともと美容院に行くのが苦手なので、なるべく行く回数を減らそうとし、1回の散髪で伸び放題の髪をバッサリ切ってしまう。おそらくこの、バッサリ切るのが良くないのだが、今回も一縷の希望をたくし、震える声で、「サイドと後ろは刈り上げて、前髪もいりません」と言ってしまった。
 
結局希望はかなわなかった。
 
 「てっぺんは遊ばせる感じで」とワックスをつけてくれたのだが、時すでに遅し。もう遊びすぎてグレてしまっていた。
 
 
 
しかし、五年間全然グレずに通い続けてる僕ってほんとにいいお客さんだな。
とつくずく思うゴールデンウィーク。最高だぜ。
 
 

初リアルのこと

 
僕が初めてゲイの人と出会ったのは、今日みたいに小雨降る13年前の春だった。
 
今のようにSNSなども普及しておらず、出会いの場といえば、ゲイ専用の出会い系掲示板だった。
僕の初リアルとなる相手も、その掲示板で書き込みをしていた人で、僕が19歳、彼が21歳だった。一ヶ月ほどメールでやり取りをしたあと、彼の家に行くことになった。
 
今思うと、いきなり家にいくとはかなり大胆なのだが、純朴青年だった僕は家に招くという本当の意味が、このときはわかっていなかった。
 
最寄りの駅に着くと、彼が車で迎えに来てくれていた。そして車に乗り込む僕。
会う前から、メールでやり取りをしていたはずなのに、二人ともぎこちない会話だ。家に着くと、自分で描いたという愛犬の絵を見せてくれたり、専門学校のこと、ゲイの世界のことなど話してくれた。
 
ようやく会話も弾んできたときだ。いきなりベッドへ誘われ、気づいたら、僕だけ一方的に処理されていた。実に味気ない初体験。
今思えばたいしたことではないのだが、当時の僕にはかなり衝撃的だったのだろうか、それからのことはあまり記憶にない。
 
メールの時から、彼のほんわかする感じや優しさは心地よかった。彼はいい人だ。でもこのもやもやする感じはなんだ。自分はこんなことをする為に、今日彼と会ったのか?
もしあのとき誘いを断っていたら、こんな気持ちになっていないのに・・・。
 駅まで送ってもらっている車内で、黙ってこんなことを考えていた。
 
「今日はありがとう」
のメールさえ送ることなく、それっきり彼との関係は終わってしまった。
 
今、彼はどうしているのだろうか。まだあの両親と住む家にはいるのだろうか?素敵なパートナーには出会えたのだろうか?
彼はきっと僕のことは忘れてしまっているだろう。でも、僕は今でもたまに思い出す。しょっぱい思い出として。
 
多分もう会うことはない彼。もし会えたなら、あれから十数年の間に培ったテクであの時のお返しをしてあげようと思う。
 

アーティストのこと

地元の地方紙に、同級生が個展を開くらしいことが書いてあり、記事と一緒に、彼と、彼が描いたと思われる絵が載っていた。中学を卒業してから全く会っていない彼だが、

知らないところでこんな活動をしているんだと懐かしくなった。 

ホームページまであるようなので、どんなもんかと覗きに行ったら、

「日本を拠点に活動するアーティスト、詩人、シンガー。神との対話と祈りから制作・・・」

みたいな、自称アーティストと名乗る方の、嫌な部分が随所に散りばめられたプロフィールが迎えてくれた。中学時代はほんとにクソガキだった彼も、神と対話しちゃっているのだから、十数年の月日は本当に恐ろしいものがある。
 
実は僕も昔は絵を描くのが好きだった。確か小学校の卒業文集に、自分のイラストが挿絵で使われたくらいなので、それなりに上手かったと思う。

絵に興味を持った10歳のとき。4つ年上のいとこのおかげだ。実家の隣が祖母の家だったので、夏休みになると、親戚たちが帰省して賑わった。

その中に絵の上手な智君がいて、あるとき好きだった漫画「幽遊白書」のイラストを描いてくれることになり、描くところを隣でずっと眺めていたことがある。真っ白な紙に、鉛筆だけでどんどん描き進んでいき、いつのまにかキャラクターが出来上がっていくところは、10歳の子どもながらに感動した。

それがきっかけで自分も漫画のキャラクターや、雑誌の人物なんかを描いては、親や近所のおばさんに見せていた。

中学、高校と成長するにつれて、絵よりもほかのことに興味がいき、めっきり描くことはなくなってしまったが、昔取った杵柄とはよく言ったもので、絵で得したことは何度かあった。

 

あるとき、アルバイト先の先輩に、昔絵を描くのが好きだったことを話すと、どういう流れか忘れたが、

「友達の子どもの絵を描いてくれ」

と頼まれたことがある。

ちょっと待てよ、その友達のことも知らないし、そんな面倒くさいことをする義理はないと、はじめは断っていたのだが、あまりにしつこく頼まれるので、しかたなく借りた子どもの写真を模写したら、これがけっこう喜ばれて、後日たばこ3カートンに化けた。

またある時は、高校時代の友達が結婚することになり、ウェルカムボードを描いてくれとを頼まれた。この時も乗り気ではなかったが、謝礼としてご祝儀の半分程が返ってきたことがある。
 
神と対話をして、個展を開くことも、それはそれでいいかもしれないが、身近な人が、自分の描いた絵で喜んでくれるほうが、僕は好きだ。(謝礼があるほうが、もっと好きなのは言うまでもない)

ちなみに下の絵が、たばこ3カートン。

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痔のこと(はじめまして編)

痔に関しては人より詳しい。

痔持ちかれこれ10年。本やネットで情報を集めたり、手術も2回経験済み。

職歴として募集していれば、即戦力になれるポテンシャルを備えている。。

 
さて、痔と言ってもいろいろ種類はある。いぼ痔、切れ痔、それから痔瘻。いぼ痔の中でも外に出来る外痔核と中に出来る内痔核があり、さらに大きさや症状によってⅠ度からⅣ度まである。
僕が初めて診察された時は内痔核のⅢ度だった。ちなみにⅢ度というと、内痔核が大きくなり、排便時に飛び出して自然と戻らず、指で押して戻さなければならない状態。
 
自覚症状が現れたのは今から10年前。まだ初々しい22歳の頃だ。普通に用を足しているとき、ふと力をいれた拍子にポロッと何かが飛び出てくる感覚があった。感覚はあるのだが、事が終わるとすんなり中に収納される為、たいして気にはしていなかった。
はじめは少し顔を出してはすぐに隠れる可愛いヤツだったが、あれよあれよと大きくなり、気がつくと大豆ほどの大きさのヤツが毎回飛び出すようになった。オテンバ。
 
痔になると必ず通る道がある。すぐに病院に行けばいいのだが、初対面の人に尻を見せるのだ。これは相当恥ずかしい。しかも触診(これは少しいいかも。いやいや汗)
そんな葛藤の末たどりつくのは市販薬。
激痛でどうしようもないとか、放っておくと命にかかわる病気ではないため、まずは自分でなんとかしようとしてしまう。
 
そういえばこの「薬を買う行為」、世のノンケの男性達が、初めてエロ本を買うあの恥ずかしさと似ているのではないだろうか。まず胃腸薬コーナーへ行き、整腸剤を見ているフリをしながら、痔の薬を横目で確認する。まさにエロ本の品定めである。
ちなみに僕の症状にあうのは、中に注入するタイプの軟膏ということだが、「外に塗る軟膏」、「座薬」に比べると恥ずかしさランキングではトップではないか。
購入する決心はできているのだが、レジの店員が若くてかわいい男子だと気が引ける。いや、もしかするとBL的展開に発展し、最終的に軟膏注入プレーにもっていけるかもしれないと可能性を考えたが、限りなく0に近いので、さえないおじさんのレジで会計を済ませた。
 
無事購入し注入も完了。
(注入の部分を詳しく書こうかと思ったが誰得?なので割愛する)
これで薬が効き、痔核が小さくなるのを待つだけだ。と思っていたがいくら注入しても一向に小さくなる気配はなく、1箱使い切ってしまった。
これで痔ともお別れだ!と思っていたのに。。。
 
このあと、仕方なく病院にいったら、まさかの手術をすることになった。
 
その体験記は「痔のこと(手術編)」と「痔のこと(手術編2)」として別の記事で書けたらと思う。

はじめまして。自己紹介

めんどくさいことが大嫌いな僕がブログを始めた。

理由は自分ともう少し向き合うため。

 

まずは自己紹介。

 

■名前:タク

■年齢:1984年生まれ

■お仕事:システムエンジニア(2016年現在)

 

■ゲイです。付き合って3年の彼氏がいる。

彼氏とのこともそのうち日記で書いていこうと思う。

 

 

こんな奴ですがよろしくおねがいします。